最高裁判所第一小法廷 昭和52年(行ツ)98号 判決 1978年6月15日
上告人 美津濃株式会社
右代表者 水野健次郎
右訴訟代理人 中村稔
松尾和子
同弁理士 高橋康夫
被上告人 株式会社 都大
右代表者 蔡尚大
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中村稔、同松尾和子、同高橋康夫の上告理由第一点ないし第三点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 本山亨 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里)
上告代理人中村稔、同松尾和子、同高橋康夫の上告理由
第一点原判決には商標登録無効判断の基準時に関する法律解釈を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
一、原判決は「WORLDCUPないしワールドカツプは常にWORLDないしワールドの語とCUPないしカツプの語とが一体に結びついた熟語として、前記認定の各種スポーツにつき「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」を意味すると同時に、このような優勝盃の獲得を目指して争う国際競技の大会を表わすいわば普通名詞として世人に認識、使用されてきたものと認めることができる」と判断した。
二、右判断の基礎となつた証拠は原判決の摘示したところによれば次のとおりである。
(1) 甲第七号証の一ないし五 現代用語の基礎知識(一九七三年版)
(2) 甲第一〇号証 読売新聞昭和五〇年一二月三日付
(3) 甲第一一号証 右同 昭和五〇年一二月四日付
(4) 甲第一二号証 日本経済新聞昭和五〇年一二月五日付
(5) 甲第一三号証の一ないし四 テニス・マガジン昭和五〇年五月号
(6) 甲第一四号証の一ないし三 スキー・ジヤーナル昭和五〇年五月号
(7) 甲第一五号証の一ないし四 ゴルフ・ダイジエスト昭和五〇年二月号
(8) 甲第一六号証の一ないし一〇 「サツカー入門」(昭和四八年一〇月刊)
(9) 甲第五一号証の一ないし四 アサヒ・グラフ昭和五一年一月号
(10) 乙第一号証の一ないし三 現代用語の基礎知識(一九七六年版)
(11) 乙第三号証の一ないし五 右同(一九七五年版)
三、そして、原判決は前記一の結論を導くため次の事実を認定した。
(1) 我が国においては、本件登録商標の商標登録出願前から、新聞、書籍、スポーツ誌等において、「ワールドカツプサツカー」、ある時には単に「ワールドカツプ」というような用語で昭和五年に始まり、爾来四年に一回世界各国から選ばれたチームがある開催地に集まり、純金製の大優勝盃の獲得を目指して争う極めて著名で人気のあるサツカー世界選手権を指すのに用いられる、ほか、例えば、「一九七二年メキシコワールドカツプ」というような用法で特定の年度に開催されたサツカー世界選手権大会を指すのに用いられている。
(2) 「ワールドカツプゴルフ」、あるいは時に、「ワールドカツプゴルフ選手権」、または、単に「ワールドカツプ」というような用法で、昭和二八年に始まり爾来毎年一回世界各国から二名づつ招かれた選手がある開催地に集まり、個人でインターナシヨナルトロフイーと呼ばれる優勝盃の獲得を目指して争うとともに、団体でワールドカツプと呼ばれる優勝盃の獲得を目指して争うゴルフ大会(昭和四一年ころまでは「カナダカツプ」と呼ばれていた。)を指すのに用いられるほか、例えば「′74ワールドカツプ」というような用法で、特定の年度に開催された前記ゴルフの大会を指すのに用いられている。
(3) 「ワールドカツプスキー」、るあいは時に「ワールドカツプアルペンスキーシリーズ」というような用法で、昭和四二年に始まり、爾来毎年度世界各国から参加した選手が世界各地の競技会場を転戦し、滑降、回転及び大回転競技につき覇を争う著名なスキー大会を指すのに用いられるほか、「スキーワールドカツプ苗場」、「′75SKI WORLD CUP NAEBA」等のような用法で、特定の年度に開催された前記スキーの大会を指すのに用いられている。
(4) また、「AETNA WORLD CUP」あるいは「第三回ワールドカツプ」というような用法でテニスについての特定の国際大会のうちの特定の年度に開催された大会を指すのに用いられている。
(5) そのほか、「ワールドカツプの得点五」、「ワールドカツプ三回出場の超人」、「ワールドカツプの優勝国」、「ゴルフのオリンピツク ワールドカツプ」、「ワールドカツプ戦開幕」というようにも用いられ、まず、前記各用法において「ワールドカツプ」の部分を簡略化して用いるときでも、せいぜい「W杯」と表現されるだけであつて、後半を削除してWORLDないしワールドと表現したり、あるいは、前半を削除してCUPないしカツプと表現されることはなかつた。
四、以上のとおり、前記三の認定も、上記一の認定もこのWORLDCUPワールドカツプの語に対する世人の認識、使用に関する判断時を明示的に示していないけれども、三(2)の「ワールドカツプゴルフ」とよばれるようになつたのは昭和四二年以降であり、それまではカナダ・カツプとよばれていたとの認定、三(3)の「ワールドカツプスキー」は昭和四二年にはじまつたとの認定、および、こうした認定の根拠となつた書証が上記二に示したとおり、すべて昭和四八年ないし昭和五一年の間の刊行物であることからみれば、原判決が、原審の口頭弁論終結時(あるいは特許庁における審判の審理終結時)において、上記一のようにこの語が世人に認識、使用されてきたと判断したものであることは疑いない。
五、ところが、ある商標の登録が旧商標法第二条第一項九号に該当するかどうかの判断の基準時は、その登録時であるとすることは、大審院昭和四年一〇月二六日判決、東京高裁昭和三九年八月一五日判決等をあげるまでもなく、判例学説の一致した解釈である。
したがつて、当然本件登録商標の登録時である昭和三八年当時において“WORLDCUP”“ワールドカツプ”の語がいかに世人に認識、使用されていたかを判断しなければならなかつたのに、原判決はこれをしない誤りを冒したものである。
六、そして、原審決はこうした誤りにもとづき「本件登録商標は、単にカツプ印の称呼、観念(優勝盃)をもつて取引される場合も少なくないとの理由で、引用商標と称呼、観念を共通にする類似の商標であるとした審決の判断には誤りがある」と結論したものであることは明らかである。
第二点原判決には採証法則を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
一、原判決が第一点、三項記載のとおりの認定の基礎となつた書証は、第一点、二項に記載のとおり昭和四八年ないし昭和五一年の間に刊行された刊行物のみである。それ故、かりに原判決が本件商標の登録時である昭和三八年当時において「WORLDCUP」「ワールドカツプ」の語が世人にいかに認識、使用されていたかを判断したものであるとしても、昭和三八年当時において、原判決認定のような認識、使用が存在したことを窺わせるような証拠は全く存在しない。
かえつて、「ワールドカツプゴルフ選手権」に関しては昭和四一年頃まではカナダ・カツプとよばれていたことは原判決認定のとおりであり、(甲第七号証の五、甲第一五号証の三)、また「ワールドカツプスキー」ないし「ワールドカツプアルペンスキー」もやはり、昭和四二年にはじまつたこと原判決認定のとおりであり(乙第一号証の四、乙第三号証の四)、さらに「AETNA WORLD CUP」の如きテニスに関する特定の国際大会のうち特定の年度に開催された大会のばあいも甲第一三号証の三によれば、一九七五年が第六回で一九七二年以来濠州が四連勝しているとのことであるから、一九七〇年(昭和四五年)に第一回が開催されたことが明らかである。
それ故、原判決が認定したサツカー、ゴルフ、スキー、テニスの四種の国際競技の大会のうち、サツカーを除く三種までは、本件商標の登録時である昭和三八年当時存在していなかつたか、あるいは、「ワールド・カツプ」という名称で呼ばれてはいなかつたものである。
また、サツカーについても昭和三八年当時において、世人がどのように「ワールドカツプ」「WORLDCUP」の語を認識、使用していたかに関し、何らの証拠がない。
それ故、原判決摘示の証拠にもとづき、昭和三八年当時に原判決認定のような認識、使用が存在したとすれば、明らかに採証法則を誤つた違法があり、この違法はまた明らかに判決に影響を及ぼすものである。
二、原判決はまた「WORLDCUP」「ワールドカツプ」の語は、「スポーツ愛好家としての極く一部の者についてはさておき、本件登録商標の指定商品である被服等の一般需要者、すなわち女性、子供までも含む広範囲の一般需要者にまで熟知されているものではない」との上告人の主張を却け、「本件登録商標の指定商品である被服等の一般需要者に前認定のような意味を表わす語として広く観念され、かつ親しみ使用されていた」と判断している。その理由としては、「さきに認定したところによれば、このWORLDCUPないしワールドカツプの語は、サツカー、ゴルフ、スキー、テニス等の競技に関し使用されているものであるところ、これらスポーツについては、これを実際に行つている熱心な愛好者だけを考えても、極く少数であるということができないが、これに関心を持ち、競技場に赴き、あるいはテレビ等を通じて観戦したりしている程度の愛好者までも含めて考えてみると、老若男女を問わず、相当多数に及んでいることは顕著な事実であつて、これらスポーツの愛好者であるならば、さきに認定したWORLDCUPないしワールドカツプの語の使用の実状に照らし、WORLDCUPないしワールドカツプの語が、前認定のような意味を表わす熟語として、観念し、かつ、親しみ使用していたものと推認するに難くない」、と述べている。
この点についても昭和三八年当時原判決認定のようにWORLDCUP ワールドカツプの語が観念し、使用されていたことを裏付ける何らの証拠は存在しないし、ことに前記一項に記載したとおり、昭和三八年当時においては、ワールドカツプWORLDCUPという名称を冠した世界競技大会はサツカーについてしか存在しなかつたし、サツカーはこの当時わが国では広く親しまれていたスポーツといえないことは明らかであるから、原判決の判断は明らかに採証法則に反する違法なものであり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
さらに、判断の基準時を何時にとるかをさておき、原判決認定のとおり、「老若男女を問わず、相当多数」のスポーツ愛好家が原判決認定のようにWORLDCUPワールドカツプの語を観念し、かつ、親しみ使用していたものと推認できるとしても、このことから直ちに「本件登録商標の指定商品である被服等の一般需要者に前認定のような意味を表わす語として広く観念され、かつ親しみ使用されていたということ」はできない。原判決はスポーツ愛好家多数であるから、被服等の一般需要家の全部がスポーツ愛好家であると結論する誤りを冒しており、これは採証法則にも経験則にも反する じつさい、スポーツ愛好家が相当多数存在するとしても、同様にスポーツの愛好家でない被服等の一般需要者も相当多数存在する。そして、問題はスポーツ愛好家でない被服帯の一般需要者がこの語をどのように観念するかにある。(ことに、サツカー、ゴルフ、スキー、テニス等の愛好家が近年増加しているとはいえ、野球、相撲等に比べれば、はるかに少いのが実状であり、これらの競技会に対する関心は、プロ野球、高校野球、あるいはオリンピツク等に比し、はるかに低い)。そして、スポーツ愛好家でない被服等の一般需要者がWORLDCUPワールドカツプの語をWORLDワールドとCUPカツプとの組み合わせとして認識し、本件商標をたんにカツプと略称する可能性はきわめて高い。
したがつて、この点においても、原判決は採証法則を誤つた違法のものであり、この違法は原判決に影響を及ぼすものである。
第三点原判決は経験則を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
原判決は、本件登録商標を構成するWORLDCUP及びワールドカツプの文字のうちWORLDないしワールドの語は、CUPないしカツプの語に対しいわば形容詞的に用いられている付加的なものにすぎないし、また本件登録商標から生ずる「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」の観念にしても、CUPないしカツプの語から生ずる観念である優勝盃の一種を指すにすぎないから、本件登録商標は、CUPないしカツプの部分を捉えて取引に資せられ、カツぷの称呼、観念を生ずるし、また、WORLDCUPないしワールドカツプとして取引に資せられるとしても、WORLDないしワールドの部分は、商品の等級、種類を表わすものであつて、カツプ印の商標の一種としか認識されないから、やはりカツプ(優勝盃)の観念を生ずる」との上告人の主張に対し、本件登録商標は、WORLDCUPないしワールドカツプと一連にのみ称呼され、ひいては、これに基づく前認定の「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」等の概念を生ずる」と判断した上で、この「国際競技において優勝した世界選手権者に与えられる優勝盃」は、「CUPないしカツプの語で表わされる優勝盃のなかの一種であることは、被告の主張するとおりであるが、WORLDCUPないしワールドカツプの文字から成る商標のうちWORLDないしワールドの部分が当該商標の使用される商品の等級、種類その他商品の特性を表わすにすぎないものと認めるに足りる資料はないから、本件登録商標が前認定のように一連一体のWORLDCUPワールドカツプとして取引に資せられる以上、被告主張のようにカツプ印の商標の一種と認識されてカツプ(優勝盃)の観念を生じ、引用商標のようなカツプ印の商標と誤認混同されることはない」と判示している。
しかし、WORLDCUPワールドカツプの語が「国際競技において優勝した世界選手権者へ与えられる優勝盃」の観念を生じるとは、この語からカツプ(優勝盃)の一種であるとの観念を生じるということに他ならない。そうとすれば、この語から成る商標を付された被服等の需要者が、その商品をカツプ(優勝盃)印商品の一種と観念するであろうことは、経験則上明らかで、何らの資料を要しない。逆にWORLDCUPないしワールドカツプの語から成る商標を付した被服等の需要者が、当該商品カツプ(優勝盃)印被服等と全く無関係なものと認識し、観念するであろうことは、経験則に反する。
なお、この点について原判決は当該商標の使用される商品の等級、種類その他商品の特性を表わすにすぎないものと認めるに足りる資料はないと説示しているけれども、NEWとかSUPERといつたたぐいの結合される語の如何を問わずつねに形容詞として機能する語とは異なり、WORLDワールドの語はCUPカツプと結合されてはじめて優勝盃の一種として形容詞的に機能するものである。そして、上告人はCUPカツプの語から成る引用登録商標を多年にわたり使用してきたが、もし、指定商品の「等級、種類その他商品の特性を表わすにすぎないものと認めるに足りる資料」がありうるとすれば、上告人じしんが等級、種類等の表示としてWORLDCUPワールドカツプの語を使用し、その使用の状況を資料としなければならなかつたわけである。したがつて、原判決の説示するところは、結局、たんに上告人自身がWORLD、ワールドの語をこうした等級、種類の表示として使用しなかつたことを理由に、上告人の主張を却けたことに帰し、きわめて不当というほかない。
以上のとおり、原判決には経験則を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
以上